2021-05

上方漫才を彩った人々(仮)

河内家芳若・豊子

河内家芳若・豊子は戦前活躍した夫婦漫才師。河内家芳春の弟子であったという。戦前、新興演芸部に所属し、ミスワカナ・玉松一郎、浅田家日佐丸・平和ラッパなどの大看板の中で中堅格として活躍した。
上方漫才を彩った人々(仮)

市川福治

市川福治は、戦前戦後活躍した漫才師。阿呆陀羅経を看板芸に、笛の曲弾き、芝居の真似事、浪花節の節真似など芸尽くしの漫才で独特の芸風を開拓した。晩年は貴重な雑芸の保持者としてテレビに出演した他、小沢昭一『日本の放浪芸』にも取り上げられた。
上方漫才を彩った人々(仮)

吉田菊丸

吉田菊丸は大正初頭から昭和初期の漫才創成期に活躍した漫才師。浅田家朝日と組んで拍子木で殴り合う暴力漫才を展開し、漫才創成期における本名と年齢以外の経歴や人物像などの謎が兎に角多い。奇術師の吉田菊丸と名前が被るのでややこしい事この上ない一人である。
上方漫才を彩った人々(仮)

芦乃家橘弥・砂川久栄

芦乃家橘弥・砂川久栄は戦前戦後活躍した夫婦漫才。橘弥は元々噺家の出身で、後に芦乃家雁玉門下へと移籍した。砂川久栄は捨丸の門下。しゃべくり漫才全盛の中で踊りと唄を主体にした音曲漫才――俗曲『深川』に合わせて踊る乞食坊主の珍芸がオハコで、淡々と舞台を勤めていた。

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