上方漫才を彩った人々(仮) 東洋小勝 東洋小勝は戦前戦後活躍した曲芸師。非常に小柄な人であったが曲芸の名手として知られ、曲芸の少ない上方漫才界においては異色の存在であった。晩年は大須演芸場を主軸に活躍を続けていた。 2025.01.20 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 夏川左楽(四代目平和日佐丸) 夏川左楽(四代目平和日佐丸)は戦後活躍した漫才師。秋山右楽、二代目平和ラッパと大御所を相手に活躍。名ツッコミ役として謳われたが、40代半ばで夭折した。 2024.12.27 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 流行亭歌麿・やちよ 流行亭歌麿・やちよは戦前戦後活躍した漫才師。歌麿は平成期まで生きた初代桂春団治を知る最後の生き残り。やちよは永田キング・エロ子の姉であり、永田一族のものであった。三味線を使う明るい漫才で人気があった。 2024.11.25 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 五條家松枝 五條家松枝は戦前戦後活躍した漫才師。義太夫漫才という特異な芸を得意とし、夫の菊二と共に義太夫や新内、俗曲などを唄う古風な漫才を得意とした。当人も女流義太夫の第一人者であった。 2024.10.15 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 滝あきら 滝あきらは、吉本の名物芸人であり、漫才師や落語家の間に挟まって漫談を演じ続けた特異な存在であった。漫談以上に奇人変人として有名で、その奇行で今も名を残す。今日では村上ショージの師匠として知られているようである。 2024.09.22 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 五條家菊二 五條家菊二は戦前戦後活躍した漫才師。義太夫漫才という特異な芸を得意とし、妻・松枝の三味線に合わせて、義太夫や新内、俗曲などを唄う古風な漫才を得意とした。 2024.08.31 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 橘大正坊 橘大正坊は上方漫才黎明期に活躍した漫才師。元々は落語家であったらしいが、後に漫才に転身。当時の元号であった「大正」をそのまま芸名にしてしまったという。戦前の大看板であるが謎が多い。 2024.07.31 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 立花幸福・林美津江 立花幸福・林美津江は戦前戦後活躍した漫才師。大柄な美津江が小柄な幸福を振り回すオーソドックスな夫婦漫才を得意とした。漫才師としては古株で、1930年代にはすでに活躍が確認されている。若い頃は古風な芸尽くし萬歳、戦後は音痴な美津江を全面に出したしゃべくりで長い息を保った。 2024.06.30 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 千代廼家蝶九 千代廼家蝶九は戦前活躍した漫才師。当時の漫才師としては異例の国際派として知られ、渡航に色々と壁のあった戦前当時で三度もアメリカ公演を行っている。横山エンタツをアメリカに手引きしたのは実はこの人でもある。その割に経歴は謎に包まれている。 2024.05.30 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 吉田奈良夫(二代目) 吉田奈良夫(二代目)は戦前戦後活躍した人物である。純粋な漫才師とはいいがたいが、長らく漫才界隈で活躍した。三代目吉田奈良丸門下からスタートし、漫才、歌謡ショーと転々し、中堅として復帰するものの、遂に売り出す事なく夭折をした。 2024.04.30 上方漫才を彩った人々(仮)