上方漫才を彩った人々の経歴と逸話です
上方漫才を彩った人々(仮) 四海浜路・浪太郎
四海浜路・浪太郎は戦前戦後活躍した漫才師。元々俳優であったが思う所あって市川福治門下の漫才師となった。歌舞伎漫才という特異な漫才を得意とした。浪太郎の娘が東みつ子である。
上方漫才を彩った人々(仮) 浮世亭ジョージ
浮世亭ジョージは戦後活躍した漫才師。アメリカ人の父、日本人の母の間に生まれ、「漫才初の青い目の漫才師」と称された。浮世亭とん平の門下になり、国分健二とともに「浮世亭ジョージ・ケンジ」を結成。一時代を築いたが、早くに別れた。
上方漫才を彩った人々(仮) ミナミサザエ
ミナミサザエは戦前戦後活躍した女流漫才師。戦後は浮世亭歌樂の相方として一世を風靡し、朝日放送の専属になったほどであった。凄まじい人気を誇ったが40代で引退した。姉は漫才界の長老で知られた小唄志津子。
上方漫才を彩った人々(仮) 浮世亭三吾・十吾
浮世亭三吾・十吾は戦後活躍した漫才師。明るく品のいいしゃべくり漫才で昭和の漫才ブームの若手として活躍。三吾は後年娘の美ユルとコンビを組み、日本で数少ない親娘漫才を率いていた。
上方漫才を彩った人々(仮) 華ばら
華ばらは昭和から平成にかけて活躍した漫才師。フラワーショウの三枚目として活躍。華ぼたん亡き後は跡目を継いでフラワーショウを率いた。
上方漫才を彩った人々(仮) 平和日佐丸(五代目)
平和日佐丸(五代目)平和日佐丸(五代目) 人 物 平和 日佐丸ひさまる ・本 名 夜久 秀二郎 ・生没年 1925年1月14日~1983年以降 ・出身地 京都 来 歴 五代目平和日佐丸は戦後活躍した漫...
上方漫才を彩った人々(仮) 橘ミノル・双葉みどり
橘ミノル・双葉みどりは戦後活躍した夫婦漫才。関西の中で標準語を漫才をこなす特異なコンビとして売り出し、夢路いとし・喜味こいし、島ひろし・ミスワカサと並んでホープとして期待されたがミノルは夭折、志半ばでコンビ解消した。
上方漫才を彩った人々(仮) 中山礼子(ロマンスレイコショー)
中山礼子は戦後活躍した浪曲漫才の大御所。女流浪曲師として出発し、後に「ロマンスレイコショー」を結成。男勝りの威勢のよさと美声で相手を圧倒する独特の浪曲漫才を培った。横山やすし・西川きよし結成のきっかけを作った人物でもある。
上方漫才を彩った人々(仮) 翠みち代
翠みち代は戦後関西で活躍した女流声帯模写芸人。数少ない女声帯模写として第一線で活躍した。芸能一家出身としても知られ、兄は江口紘三郎、義理の姪に泉ピン子がおり、2025年現在も第一線で活躍する落語家の桂福團治は夫、桂福若は息子である。
上方漫才を彩った人々(仮) キクタショウ(菊田秀夫・三津夫・二三夫)
キクタショウ(菊田秀夫・三津夫・二三夫)は戦後活躍した浪曲漫才トリオ。元々は関西浪曲の大御所・大蔵雲の弟子であったが、漫才へ転身。歌謡浪曲漫才で人気を集めたが、宮川左近ショーやタイヘイトリオのような爆発的人気は集められなかった。解散後、メンバーは数奇な運命をたどる。
