上方漫才レコード吹込み年表

上方漫才レコード吹込み年表

 明治末にレコード吹込みが定着して以来、多くの芸能が記録される所となった。

 しかし、漫才はその猥雑性や新興勢力といった多くの事情や忌避から吹込みは長らく敬遠されており、演芸としての万歳が吹き込まれるのは、1920年代に入ってから。

 本格的な吹込みと発売が行われるようになるのは、1923年の関東大震災以降である。

 当初はキワモノ・雑芸的な形で出されていた漫才レコードであったが、レコード技術・生産の発展や漫才そのものの人気の上昇を受けて、1930年代中頃より、よく売れる演芸レコードの仲間入りを果たした。以来、吉本興業を中心にレコード吹込みが行われる事となる。

 以下は『演芸レコード発売目録』及び『都新聞』などから調査した漫才のレコード一覧である。

東京は『東京漫才放送・円盤演目集』を参考にしてください。

※鈴木源十郎、眼鏡一行などの「萬歳芝居」の系列は省略している。

1906年

浮世亭安楽・桜川惣丸『立物づくし』(米コロムビア 2946)

浮世亭安楽・桜川惣丸『お笑ひ』(米コロムビア 2947)

浮世亭安楽・桜川惣丸『青物尽くし』(米コロムビア)

浮世亭安楽・桜川惣丸『天神七代』(米コロムビア)

浮世亭安楽・桜川惣丸『大根艱難』(米コロムビア)

浮世亭安楽・桜川惣丸『阿呆陀羅経』(米コロムビア)

1914年

1月 西川弥五郎・玉子家千代鶴・荒川芳春『三曲萬歳・千両幟』(日蓄 2408)

1914年?

橘家菊春、橘家米春、橘家好春『三曲万歳・忠臣蔵殿中刃傷』

1917年

11月 千葉琴月
『小唄詩入追分・新曲長唄、三味線曲弾、凱旋ラッパ』(東洋蓄音 A1287~88)

1917年?

桜川惣丸『早口万歳』(東洋蓄音 A1179~80)

桜川惣丸『滑稽那弥陀経及説教・滑稽御文章』(東洋蓄音 A1181~82)

1918年

2月 千葉琴月『端唄俗曲 追分・博多節(静御前)』(東洋蓄音 A1375~6)

7月 千葉琴月『詩入追分(太田道灌)・(菅公)』(東洋蓄音 A1435) 

10月 千葉琴月『木曾節・春雨替歌魚尽し』(東洋蓄音 A1460)

1920年

3月 桂太郎坊・次郎坊『掛合軽口 万歳』(日蓄 3796~7)

1921年

4月 荒川千成『三曲萬歳 忠臣蔵殿中刃傷』(日東 13)

4月 若松家正右衛門『しゃべくり万歳・色問答』(日東 16)

6月 若松家正右衛門『滑稽十二月』(オリエント 1842)

6月 桂太郎坊・次郎坊『ちう廻し』(オリエント)

8月 砂川捨丸『不如帰』(日蓄 8814)

8月 砂川捨丸『滑稽浪花節 合財袋』(日蓄 8819)

9月 砂川捨丸『尼港五段返し』(日蓄)

9月 砂川捨丸『万歳』(日蓄)

9月 砂川捨丸『廓ぞめき五段返し・音曲綴』(日蓄)

9月 荒川千成『数へ唄(浪花節入り)』(日蓄 8820)

9月 桂太郎坊・次郎坊『お笑い草りんまわし』(オリエント)

10月 砂川捨丸『義太夫ふきよせ』(日蓄)

10月 砂川捨丸『説教・虫づくし』(日蓄)

11月 芦ノ家雁玉『滑稽金色夜叉』(公声)

11月 桂太郎坊・次郎坊『雑曲長短かっぽれ』(オリエント)

11月 芦ノ家雁玉・中村しまよ『松島ぞめき・数へ唄』(公声)

1922年?

若松家正右衛門・平和ニコニコ『寺づくし』(東亜 1233)

You cannot copy content of this page

タイトルとURLをコピーしました