上方漫才ラジオ出演年表

上方漫才ラジオ出演年表

 上方漫才はラジオで一躍天下を取った感じがある。

 当初は吉本や放送局側の妨害や制作の不一致などで、なかなか出る事が出来なかったが、吉本がラジオ解禁へと指針を変え、積極的な出演を促した結果、ラジオ番組の花形へと進化したのであった。

 戦前には何度も漫才大会や企画が行われており、それだけでも人気の凄さがうかがえる。

 なお、東京放送(JOAK)と大阪放送(JOBK)と名古屋放送(JOCK)では、差異がある。この頁では両者まとめて紹介する。

 前に「AK」(東京)(大阪)(名古屋)とつけていきます。

(目下更新中)

1925年

 名古屋・9月6日 桂金之助『軽口』

 名古屋・9月21日 桂太郎坊・次郎坊『軽口』

 名古屋・9月29日 立花家円好『滑稽ひとくち問答』

 大阪・11月18日 浮世亭夢丸・喜鶴『萬歳』

1926年

 大阪・1月11日 桂太郎坊・次郎坊『掛合噺』

 東京・4月25日 砂川捨丸・中村春代『滑稽掛合・音曲吹寄』

東京 7月31日 砂川捨丸・中村春代『滑稽掛合』(曾我廼家喜劇の代演)

1927年

調査中

 杉原正月・立花家小幸丸『音曲掛合萬歳』

1928年

調査中

一輪亭花咲一行『新様式掛合噺』

1929年

大阪・2月10日 荒川千成一行『三曲萬歳』

大阪11月14日 坂本ボテ丸・京の福太郎『萬歳いろいろ』

1930年

大阪・11月27日 砂川捨次・橘大正坊『万歳 浪曲節真似』

1931年

大阪・3月6日 櫻山昇・玉子家時丸『俗曲いろいろ』

大阪・4月6日 佐賀家喜昇・旭芳子『萬歳 数へ唄いろいろ』

1932年

大阪・8月31日 千代の家蝶九・登美子『萬歳 渡米話』

1933年

調査中

大阪・3月13日 河内家芳子・砂川捨次『即席問答』

(この頃より漫才の放送が勃興するようになる)

1934年

大阪・6月10日 横山エンタツ・花菱アチャコ『二人漫談・早慶戦』

大阪・6月24日 芦の家雁玉・林田十郎『萬歳・混線スキー』
(※東西寄席めぐり「富貴」より)

大阪・7月31日 都家文雄・静代『萬歳・家庭講座』
(※東西寄席の夕)

大阪・11月18日 松本庫吉・杵屋芳奴『音曲漫才・音曲腕競べ』

大阪・12月4日 芦の家雁玉・林田十郎『頓珍漢揃ひ』
            立花六三郎・北村榮二郎『漫画の国の兵隊』

東京・12月7日 荒川成三郎・玉枝『塩原馬の別れ』
(※神楽坂演芸場生中継より)

大阪・12月13日 一輪亭花咲・三遊亭川柳『たよりない話』

大阪・12月20日 松葉家奴・鹿島洋々『お年が若い』
(※北新地花月生中継より)

大阪・12月31日 浮世亭出羽助・八条竹幸『朝から晩まで』

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