上方漫才を彩った人々(仮) 松本庫吉・杵屋芳奴 松本庫吉・杵屋芳奴は、 戦前活躍した漫才師。民謡をベースに、庫吉の楽器演奏、芳奴の三味線との合奏を売り物にした。庫吉は、三味線奏者としても知られ、多くの民謡レコードの三味線伴奏として吹き込んでいる。 2021.03.01 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 庭野千草・北斗七星 庭野千草・北斗七星は、戦前・戦後活躍した夫婦漫才師。七星は若い頃のミヤコ蝶々とコンビを組んでいたことがある。庭野千草は、七星の死後、人生幸朗と再婚。生恵幸子と改名し、ボヤキ漫才「人生幸朗・生恵幸子」として一世を風靡した。 2021.02.23 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 砂川豊丸 砂川豊丸は、戦前活躍した漫才師。砂川捨丸の高弟であったそうで、師匠同様古風な漫才を得意とした。近眼で有名だったそうで、「出番をなめる男」なる綽名が今日まで伝えられている。 2021.02.18 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 荒川歌江 戦前戦後活躍した女流漫才師。太夫役(ツッコミ役)をさせると天下一品と称された傑物で、浮世亭出羽助、松葉家奴、都家文雄といった大看板の相手役として人気を集めた。当人もまた芸達者で知られたという。 2021.02.14 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 若松家正右衛門(初代) 漫才創成期における、漫才勃興の立役者であり、大看板。阿呆陀羅経を得意とし、三つの豆木魚と拍子木の阿呆陀羅尼経を完成させた。砂川捨丸、松鶴家千代八、荒川浅丸、河内家芳春、平和ニコニコなどと共に人気を競い合い、「若松家」一門を形成。人気漫才師を育成、輩出するなど、漫才の歴史に大きな足跡を残した。 2021.02.07 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 花柳貞奴・花菱〆奴 花柳貞奴・花菱〆吉は戦後活躍した女流漫才。音楽ショー全盛の中で、しゃべくり漫才を貫いた貴重な漫才であった。共に芸達者で、芸尽くしの話術を見せる点に特色があった他、巨躯の〆吉、痩身の貞奴の対比が見事であったという。 2021.01.26 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 林田十郎 林田十郎は、戦前戦後第一線で活躍続けた上方漫才の大御所。第一期の『上方演芸会』の司会を勤め、「いらっしゃいませ、こんばんは」を流行語にするなど、関西弁の啓蒙にも一役を買った。頭でっかちの雁玉とは対照的に痩せ型で面長な所から「サエラ(さんまの意)」と綽名された。 2021.01.23 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 吉田茂 吉田茂は、戦前戦後活躍した漫才師。総理大臣・吉田茂と同姓同名であるが、全く関係はない。難波利三の代表作で直木賞受賞作『てんのじ村』の主人公、花田シゲルのモデルでもある。「かぼちゃ」なる珍舞踊を得意とし、晩年脚光を浴びた。 2021.01.15 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 青柳房夫・花柳かねこ 青柳房夫・花柳かねこは、戦前戦後活躍した漫才師。長らく九州で活躍していた異色のコンビであった。女性のかつこ(かねこ、とも)の方は、高度経済成長期に大阪へ戻り、浮世亭出羽助とコンビを組んだ。 2021.01.07 上方漫才を彩った人々(仮)
上方漫才を彩った人々(仮) 小松まこと 小松まことは、大正から平成にかけて80年近く活躍した漫才師。「後ろ面踊り」を十八番とし、珍芸の第一人者として多くのテレビや寄席に出演。この珍芸は林家染丸一門に受け継がれ、「わろてんか」で披露されたこともある。 2020.12.28 上方漫才を彩った人々(仮)